Eilex Binaural

Eilex Binaural は、CD等スピーカで再生される事を前提に作られた通常のステレオソースを、汎用のヘッドフォンやイヤフォンでも違和感なく楽しめる音に変換(バイノーラル化)するプロセスです。Eilex Binaural は、使用するヘッドフォンやイヤフォンの持ち味を維持しながら、それらの性能を最大限に引き出します。

Eilex Binaural のCustom EQは、与えられたヘッドフォンやイヤフォンを複数のオーデイオ専門家が聴きながら、APVDがフラットに補正されたスタジオモニタの音と一致するように合わせます。

Eilex Binaural は、2-ch化された映画のサウンドトラックやインターネットの音声の再生にも最適です。

Eilex Binaural は、ヘッドフォンオーデイオ、携帯、タブレット等ヘッドフォンやイヤフォンが使われる全ての用途に有効です。

Eilex Binauralの主な特長

  • 通常のステレオソースをリアルタイムでバイノーラル化
  • 違和感の無い自然なヘッドフォンサウンド
  • 独自のHRTFに基づくイコライジング
  • VIRフィルタによる正確なHRTFと中耳の周波数特性処理
  • 全てのヘッドフォン、イヤフォンに対応
  • 使用するヘッドフォン、イヤフォンの持ち味を維持
  • Eilex独自の音響パワー周波数特性の測定
  • Hi-Res Audio対応

1.ヘッドフォン再生の問題点

ヘッドフォンで聴くオーデイオは、それがどんなに高級品であっても、音質と音像に不自然さが付きまといます。スピーカで聴く音との大きな差異は以下のようなものです。

  • 歌手の声が頭の真中から聞こえる。
  • 左や右前方にパンした音が、極端に真横から聞こえる。
  • 細かい音(特にシャリシャリした超高音)が聞こえすぎ、バランスが崩れる。
  • 適度に加えられた残響音が過剰に聞こえる。
  • 同じ楽器の高音と低音が異なる方向から聞こえる。
  • 楽器の演奏に伴う雑音が、その楽器の音とは異なる方向から聞こえる。
  • 歌手の後方にあるべき伴奏楽器が左や右から偏って聞こえる。
  • オーケストラの楽器の配置がおかしくなる。

その原因は、スピーカでの再生を前提にしたステレオソースをヘッドフォンで再生するからに他なりません。

スピーカでの再生では、左右のスピーカから出る音はいずれも左右両方の耳に届きます。例え左側からしか音が出ていなくても、左右の耳でその音を左側からの音として聞き、全く違和感はありません。一方、ヘッドフォンの場合は、左の音は左耳、右の音は右耳にしか届かず、反対側の耳には届きません。これがヘッドフォンオーディオに異様な音場と不快感を与える最大の原因です。(本稿末尾の参考1、イラスト参照)

この問題は古くから研究されてきて来ました。反対チャンネルの音を相互に適量加える事により、ある程度解決できる事も知られています。この手法をクロスフィードと呼びます。しかしこのクロスフィードには、別の問題が出てきます。その一つは、単純にクロスフィードをかけると音質が大きく変わってしまう事です。なかでも音のこもりが一番の問題です。ここで単に高域をブーストしても、正しい音にはなりません。自然界ではスピーカの音が両耳に届く間に、頭や上体、肩、顔、外耳などで複雑な反射や回折が起こり、特殊な周波数特性が加わって来ます。その周波数特性の変化を、左右の信号とクロスフィードに含める必要があるのです。この周波数特性をHRTF
(Head Related Transfer Function) と呼びます。

もう一つ重要な事は、片方のスピーカから出た音が、左右の耳に届くのに時間差がある事です。この時間差は、音の方向感と音像の広がり感に直接関係するため、クロスフィードに含めなければなりません。

2.バイノーラル録音

ヘッドフォン再生を前提にした録音の方式に、バイノーラル録音があります。バイノーラル録音は、我々が音を聴く時の物理的状況に近づけるために、上体を含めた人形の耳にマイクを埋め込んで行います。バイノーラルで録音されたソースには、上述のクロスフィード、HRTF、時間差の全てが自動的に含まれます。バイノーラル録音はヘッドフォン再生に最も適しています。(逆に、バイノーラルで録音されたソースはスピーカでの再生には向きません。)

3.Eilexのソルーション

Eilex Binaural
は、通常のCD等のようにスピーカでの再生を前提に作られたソースを、上述のバイノーラル録音に近い状態に変換します。

バイノーラル化に伴う課題は、正しいHRTFの測定と、HRTFが影響する周波数帯域の特定、HRTFの周波数帯域より高い周波数の扱い方、そして外耳と中耳の個人差を含める複雑な周波数特性への対応です。これら全てを一つ或いは複数のフィルタに取り込まなければなりません。総合した周波数特性は極めて複雑になり、通常のフィルタでは実現困難です。Eilexの持つVIR
(Variable-resolution Impulse Response)
フィルタは、この様な複雑なフィルタを正確かつ経済的に実現します。

Eilexではヘッドフォンオーディオの問題に取り組み、物理的研究と音響心理学的研究を続けてきました。そしてそこから得られた結果を応用して、より優れたヘッドフォンオーディオを実現するための信号処理の開発を進めて来ました。そこから生まれたのがEilex
Binaural プロセスです。

Fig. 1Fig. 2はクロスフィードの動作を説明するものです。ソースはThe Beatlesの ”Here Comes the Sun” の出だし約40秒の部分で、上のトレースがL-ch、下がR-chです。Fig. 1のオリジナルは、L-chに完全にパンしたギターのイントロで始まりますが、15秒間R-chは無音のままです。スピーカで聴く時は左のスピーカからギターが聞こえますが、両耳で聞くため不自然さはありません。しかしヘッドフォンの場合は、これが左耳からしか聞こえず、自然界ではあり得ない異様な感じになります。

Fig. 2はこれにクロスフィードを加えた結果です。R-chにもほぼ同じ強さと形状の信号が現れ、スピーカを聴く場合と同じような状況になります。クロスフィードには、スピーカを聴く場合と同じ時間差が加えられており、音の方向感(定位)や広がりも正しく保たれます。

Fig. 1 “Here Comes the Sun” オリジナル
Fig. 1 “Here Comes the Sun” オリジナル
Fig. 2 “Here Comes the Sun” クロスフィード有
Fig. 2 “Here Comes the Sun” クロスフィード有

Fig. 3Fig. 4は、同じくThe Beatlesの”Flying” のクロスフィード有り無しの全曲の波形です。クロスフィード有では、LRがかなり似かよった波形になるのが分かります。

Fig. 3 “Flying” オリジナル
Fig. 3 “Flying” オリジナル
Fig. 4 “Flying” クロスフィード有
Fig. 4 “Flying” クロスフィード有

4.ヘッドフォンやイヤフォンの種類と周波数特性

ヘッドフォンとイヤフォンには、耳との音響的カップリングの仕方から、大きく分けて次の4種類があります。

ヘッドフォン

  • Around-ear (Circumaural):

耳の周りを覆うフルサイズタイプ

  • On-ear (Supra-aural):

耳の上に載るタイプ

イヤフォン

  • Earbuds (Concha):

耳の入り口にかけるタイプ

  • In-ear (Canalphones):

耳に挿入するタイプ

ヘッドフォンやイヤフォンに要求される周波数特性は、そのタイプによって大きく異なります。音響パワー周波数特性がフラットな自然界の音が、耳から入って鼓膜に届くまでに、耳の物理的形状によって周波数特性は次々と変わって行きます。外耳から鼓膜までの区間は音の伝送回路とも言えます。従って、ヘッドフォンやイヤフォンには、それが挿入される場所にみ合った(すでにフラットでは無くなった)周波数特性を持たせる必要があります。そうする事により、聴感的にフラットな再生音が得られます。

Fig. 5-8に、異なるタイプのヘッドフォンとイヤフォンの周波数特性の例を示します。いずれも高音質とされている製品を実測したものです。夫々のタイプにより、特徴的な周波数特性を持っている事が分かります。

ヘッドフォンメーカやイヤフォンメーカは、ほとんどの場合、方耳のHRTFを製品に与えていますが、同じブランドでもその特性はまちまちで、音質も大きく異なります。もちろんクロスフィードは考慮されていません。

Fig. 5 Around-Ear (Circumaural)
Fig. 5 Around-Ear (Circumaural)
Fig. 6 On-Ear (Supra-aural)
Fig. 6 On-Ear (Supra-aural)
Fig. 7 Earbuds (Concha)
Fig. 7 Earbuds (Concha)
Fig. 8 In-Ear (Canalphones)
Fig. 8 In-Ear (Canalphones)

5.Eilex Binauralによる音質改善

Eilex Binauralプロセスは、ヘッドフォンやイヤフォンで聴く音が、標準スピーカの音と同じになるように合わせてあります。

標準スピーカとして使われるスタジオモニタは、Eilex PRISMを使用して、音響パワー体積密度(APVD)周波数特性をフラットにしてあります。APVDがフラットなスピーカは、ソースに忠実な音を再生します。

Eilex Binauralプロセスのデフォルトは、リフェレンスグレードのヘッドフォンやイヤフォンを使い、多数のテスターが試聴して得られたデータを基に設定されています。(スピーカと異なり、ヘッドフォンの場合は、一人のエキスパートがベストと思った音は、他の人にとっては、仮に良い音であったとしても、ベストな音とは限りません。)

ヘッドフォンやイヤフォンの音質の差は、主として高域のレベルと周波数特性によります。ポータブルプレーヤ等に使われる多種多様なヘッドフォンやイヤフォンへの対応は、高域のレベル調整(ブーストとカット)で行います。

リスナーは、使用するヘッドフォンやイヤフォンで再生音を聴きながら、音が最も自然に聴こえる補正レベルを選びます。その時の再生音は、多数の人が認めるように、APVDがフラットなスピーカの音に近づいているはずです。(注:スピーカの場合、全ての人が同じ音を聴くためこの作業は不要ですが、ヘッドフォンやイヤフォンでは同じ音が個人ごとに異なって聴こえるため、個人それぞれの設定が必要になります。)

ある特定のヘッドフォンやイヤフォンの音質を理想的な音質に補正したい場合は、オプションのCustom EQを使います。Custom EQでは低音の補正も可能です。(参照:6. Custom EQ)

Custom EQは極めて複雑なフィルタ形状を持ち、従来のフィルタでは実現が困難でした。Eilex BinauralのVIRフィルタは、20セクションと比較的簡単であるにも拘らず、従来のFIRフィルタであれば実現に4千タップ以上を必要とする複雑なフィルタを正確に処理します。

ヘッドフォンやイヤフォンは、スピーカと同じく高音質が望まれるだけでなく、ユーザにとっては、ブランドやモデルの持つ音の違いや音色も重要です。Eilex Binauralの補正フィルタには、音質改善を行ないつつも、使われるヘッドフォンやイヤフォンの持ち味を維持すべく、その周波数特性にも特別な注意が払われています。

6. Custom EQ

Eilex Binaural のCustom EQは、CEメーカのオプションとして、ある特定のヘッドフォンが最も音質の良い状態で聞けるモードです。Eilexでは、まずCEメーカから与えられたヘッドフォンの音響パワー周波数特性を測定し、人が認める理想的な特性との差を補正します。次に、複数のチューナにより、APVDがフラットな標準スピーカとの比較試聴を行いながら、その音が一致するように微調整を行い、Custom EQを設定します。製品のユーザは、付属のヘッドフォンを使用する際、Custom EQを選び、更に高域のレベルを自分の耳に最適なレベルに調整することにより、そのユーザにとってベストな音質を得ることが出来ます。

7.映画の再生

PC、ラップトップ、ノートパソコン、スマートフォン、携帯などで映画を再生する際、多くの場合ヘッドフォンやイャフォンが使われます。そこで再生される映画の音声は、オリジナルのフォーマットに拘らず、2-chのステレオになっています。Eilex Binauralは、その様な2-chサウンドトラックを聴く場合、音質改善と音像補正に理想的です。

まず音質に関しては、すでに述べた音楽再生と同じように、Eilex Binauralを使ってリスナーの耳とのマッチングをとる事により、使用するヘッドフォンやイヤフォンの性能を最大限に発揮する事が出来ます。音の明瞭度が改善され、細かい音まで聴こえるようになります。そして台詞が聴きやすくなり、効果音にも迫力が出て来ます。

次に音像の問題として、マルチチャンネルをダウンミックスしたソースで、本来サラウンドに含まれていた音の内、中低音の多く含まれた持続した爆発音、騒音、雨の音、雷鳴、歓声、拍手などが両耳にこびりつき、自然界ではあり得ない音として聞こえ、不快感を覚える事があります。その様な状況では、両耳に張り付いた音が支配的になり、台詞を含めた他のもっと重要な音がマスクされて聞こえにくくなる問題があります。また、効果音や効果音楽の音像が広がり過ぎ、画面と音の位置が一致しない場合も多くあります。Eilex Binaural は、そのような間違った音を、前方の2-chのスピーカから聞こえて来る様に修正します。

なお、音像の広がりは、ユーザがSound Stageを選択して好みに合わせる事が出来ます。映画の場合はCinemaを選択します。

注:アクションムービー等で更にアグレッシブなサウンドエフェクトが望まれる場合、Surroundモードを選びます。Surroundモードはバイノーラルは使用せず、マトリックスと遅延リバーブによるサウンドステージの拡大と、音像の動きを狙っています。

8.インターネット

インターネットの音声も殆どの場合2-chのステレオで、その再生にはPC、ラップトップ、ノートパソコン、スマートフォン、携帯などが多く使われます。その内容はニュースレポート、TVチャンネル、ラジオ、ビデオ、映画、音楽、コマーシャル、教育、ゲームなど多様です。その再生には、ヘッドフォンやイヤフォンが多く使われ、4項の映画再生で述べたと同じ問題が出てきます。

また、一般的にインターネットの音質が劣る事から、ヘッドフォンやイヤフォンで音声を再生するとその潜在的問題が助長され、スピーカでの再生に比べ聴きづらい音になります。特にビットレートが低い場合、デジタル圧縮エラーによる雑音や歪が耳元で聞こえ、煩わしく感じます。Eilex Binaural は、その様な雑音や歪音を耳元から遠のけ、マスクされていた他の音が聴きやすくなります。Eilex Binaural は、インターネットの音声を聴きやすくするのに効果的です。

9.HA Mode (Optional)

近年、高齢化や騒音による難聴者が増えて来ています。高齢による難聴者は、補聴器を使う事により生活に必要な聴力は回復しますが、音楽が楽しめるレベルの音質は得られません。また、大型機械や航空機など職業騒音に起因する難聴は、それに適した補聴器さえありません。

Eilex Binaural は、その様な難聴者に通常のヘッドフォンやイヤフォンで高音質な音楽やスピーチ楽しんでもらうために、オプションとしてHA (Hearing Assist) Modeを設けています。HA
Modeを使用する場合、補聴器は不要です。

難聴の場合も、その度合いにより補償のレベルを合わせる事が必要です。HA Modeでは、高齢による難聴(タイプA)と騒音による難聴(タイプN)の夫々に、その度合いにより2段階のレベル設定が可能です。夫々の補正係数は、HRTFと難聴の種類を補償する特殊なカーブから成っています。

(Eilexでは、効果的なHA Modeの補正係数を見出すための研究を続けています。これからもさらに新しい補正係数の提供を行なって行きます。)

10.コンパチビリティ

Eilex Binaural プロセスは、以下の物とコンパチビリティがあります。

  • 通常のCD及びMP3

    やAACを含む全てのデジタル圧縮フォーマット (注:MP3やAACの音質改善にはEilexHarmonyやEilex Focusが効果的です)

  • マルチチャンネルからダウンミックスされた2-chソース(主として映画)
  • ノイズキャンセリング方式のヘッドフォン(使用可能のものもあります)

  • モノラルのソース
  • トーンコントロール
  • イコライザ(パラメトリック、グラフィック)
  • プリセットEQ(クラシック、ジャズ、ポップ等)
  • Hi-Resオーデイオ(注:Hi-ResのアップコンバージョンにはEilex HDRemasterが有効です)

以下の場合にはコンパチビリティーが保証できません。

  • 3Dやサラウンドプロセス等(MP3プレーヤ内で)ポストプロセスが加えられたもの
  • 3Dやサラウンドプロセスを内部や構造的に持つヘッドフォン
  • 難聴者用のヘッドフォン
  • 補聴器との併用(注:Eilex Binaural のHA

    Modeは補聴器を使用せずに高音質が楽しめます)

以下の場合にはコンパチビリティーがありません。(Eilex BinauralプロセスはOffにします。)

  • バイノーラル録音されたソース
  • クロスフィードを電気的あるいは構造的に持つヘッドフォン

11. Eilex Binaural の実現

Eilexはライセンシーあるいはデバイスメーカに、Eilex Binaural を実現するに必要なVIRフィルタを含むデジタルプロセスのソフトウエアを開示します。

ライセンシーあるいはデバイスメーカは、VIRフィルタ(10セクションx 4 と20セクションx2)を含むプロセスのポーティングを行います。また、ライセンシーはユーザーメニュー(GUI)の開発を行います。GUIには、Eilex Binaural プロセスのOn/Offと、使用するヘッドフォンに最も適した補正係数を選ぶセレクタ、そしてNormal、Orchestra、Cinema等のSound Stage(音像の広がり)を調整するセレクタやCustom EQを選ぶセレクタが含まれます。

12. 必要なハードウエア

プロセス 位置: PCMラインレベル

プロセス: ファームウエア

ハードウエア: DSP

プロセス量: 約120 MIPS @44.1KHz

メモリ1: 50 Words/2ch(0.5mS遅延)

メモリ2: 648 Bite 係数*

*対応サンプリング周波数分必要

参考1:

binaural-appendix-1

binaural-appendix-2

binaural-appendix-3

参考2:

仮に完璧なスピーカがあったとしても、完璧なヘッドフォンは理論的にあり得ません。その理由はスピーカには絶対的なリフェレンスがあるのに対して、ヘッドフォンにはそれが存在しないためです。絶対的なリフェレンスとは、自然界で聴かれる全ての音で、スピーカの再生音も自然界の音です。我々は共通して全く同じ音を聴く事ができます。(その音が個々の耳にどの様に聴こえているかは分かりませんが、それは問題ではありません。)

あるスピーカで再生した音が、原音と全く聞き分けられないほど優れているならば、それは全ての人にその様に聴こえます。であれば、それは完璧なスピーカであると言って良いでしょう。そしてその様なスピーカを作る事は可能なはずです。

しかし、ヘッドフォンの場合は状況が全く異なります。ヘッドフォンは必ずそれで耳を覆ったり、耳に装着したりして使うように作られています。それを装着すると、自然界の音を聞く時には考慮する必要が無かった、その人の耳に特有な周波数特性が現れてきます。問題は、その特性が人によって大きく異なり、しかも左右でも差がある事です。左右の耳の聞こえ方の差は、自然界では起こりません。(ただし人の成長後に耳に変化が加わった場合は別です。)我々の耳は必ずしも左右対称ではなく、当然周波数特性も異なりますが、成長の過程で脳がそれを補正して正しい音に聴こえるようにしてくれます。従って、スピーカを聴く場合、左右の差は全く問題にはなりません。(同じような現象が視覚にもあります。)

従って、仮にある人にとって完璧なヘッドフォンがあったにしても、それは他の人には完璧ではあり得ません。これがスピーカとヘッドフォンの根本的な違いです。

ヘッドフォンメーカは、出来るだけ普遍性のある商品を作るために、多くの人の平均的な耳の特性を見出し、それをベースに製品を設計します。そして、多数のテスターに音を聴いてもらい、最終的な音の調整を行ないます。しかし、ヘッドフォンの音質は、メーカ間の違いどころか、同じブランドでも製品ごとに大幅に異なる事実から、優れたヘッドフォンを作る難しさがうかがえます。