音響パワー体積密度周波数特性の測定と
新開発VIRフィルタを使ったイコライジング技術
Eilexが開発したPRISMTM (Primary Sound Measurement) 技術は、スピーカの音響パワー体積密度APVD (Acoustic Power Volume Density) 周波数特性を測定し、それを新開発のVIRTM (Variable Resolution Impulse Response) フィルタを使ってイコライジングする技術です。
PRISMは、スピーカの前面近傍を覆う立体空間のAPVD周波数特性を測定し、単独あるいは複数のドライバから出た音が干渉する事による所定の立体空間内での音の強調や減衰も検知、それを統合した実効値をフラットあるいは望まれる周波数特性に合わせます。しかも群遅延を合わせることでタイム・アライメントが揃い、その結果位相のずれが少なくなります。APVD周波数特性がフラットに補正されると、スピーカから出て来る音は限りなく原音(ソース)に近づき、その位置にボーカルや楽器があるのと等価の状態を作り出します。
PRISMは、オーディオ機器だけでなく、TVやパーソナルオーデイオ、PC等スピーカが使われる全ての製品に応用できます。PRISMのイコライジングは極めてパワフルで、与えられたスピーカ・システムから最大限の性能を容易に引き出す事ができます。
PRISMに使われるVIRフィルタは、従来のFIRフィルタと同様にオーデイオ用に最も適した特性を持っています。しかもVIRフィルタには、FIRフィルタの致命的欠点である低域での精度の劣化がありません。しかも、必要に応じて補正点を動かし、必要な周波数帯域内の補正精度をフレキシブルに調整する事も出来ます。VIRフィルタは、FIRフィルタを凌ぐ性能を、その数分の一のMIPSで実現できます。
Eilex PRISM™
特長と簡易仕様
- コンシューマ用途
ハイエンド・オーディオ、ホーム・オーディオ、カー・オーディオ、パーソナル/ポータブル・オーディオ、MP3ドッキング・ステーション、TV、ラジオ、サブウーハ 、サウンドバー、デストリビューテッド・オーディオ(BGMシステム)
- 特長
- 簡単: コンピュータによる自動測定と自動計算
- 補正: APVD周波数特性とタイムアライメントの補正
- スピード: 数百点以上の周波数特性の測定が数分で完了
- 信頼度: 主観の入らない信頼度の高い測定結果
- 自由度: 工業デザインや構造設計に与える大幅な自由度
- VIRフィルタ: FIRフィルタの約1/4のサイクル(あるいはMIPS)で処理
- 精度
- 測定周波数精度: 16K
- 測定サンプリング: 48, 96KHz
- イコライジング精度: VIR フィルタ、10-500セクション
- サポート周波数: 8, 16, 32, 44.1, 48, 88.2, 96, 176.4, 192KHz
- 目標誤差(50セクション時): +/-1.0dB以下 (40Hz-24KHz)*/**
* 実際の誤差にはマイクなどの測定誤差が含まれる
** 低域と高域の誤差はスピーカ自体の性能による
- 音質改善効果
- APVD周波数特性の測定(スピーカ・ケーブルやアンプ等すべてを含む)
- APVD周波数特性を完全フラットあるいは任意のカーブに補正
- タイム・アライメントの補正
- リフェレンス・グレードの音質
- 明瞭度とディーテールの改善
- 音像の広がりと奥行感の改善 (ステレオ時)
- トランジェントの改善
- スイート・スポットやデッド・スポットの問題を解消し、均一な高音質を実現
- 超低音の補正
- ソルーション
デジタル (DSP, CPU, MCU, ASIC, SoC)
Eilex PRISM技術概要
スピーカの音響パワーの補正は、スピーカの音質を飛躍的に向上させます。CPUやDSP等のデバイスが発達した近年、やっとテレビやオーディオ等の民生機器に、音響パワー補正技術が使われるようになりました。しかし、音響パワーの測定はスピーカ前面の空間の一部を見ているため、その音がスピーカから離れて行くに従って起こる音の変化は含んでいません。それを補正に含めるには、音響パワーを立体的に測定してその体積密度を求める必要があります。Eilex が開発したPRISMTM (Primary Sound Measurement) は、単なる音響パワーの補正から一歩進んだ、音響パワー体積密度イコライジング技術です。
従来のスピーカのイコライジングは、正面軸上の一点での測定結果を基に行われ、軸から外れた角度での特性は無視されています。しかし、我々が聞く音はその軸上の音である事は殆どなく、むしろその軸を外れた直接音と間接音です。その軸を外れた音のイコライズは、音響パワー周波数特性に対して行う必要があります。音響パワーは、スピーカの前面を包み込む面上の多数点での音圧測定結果から計算によって得られます。音響パワー周波数特性は、スピーカから聞こえる音をかなり正確に表していますが、スピーカが点音源でない事に起因する音の干渉は感知できません。
PRISMは、音響パワーを単なる面ではなく仮想立体空間内で測定する事により、音響パワー体積密度 (APVD) 周波数特性を測定します。APVD周波数特性は、スピーカから出た音が前方に広がって行く際の音の変化も含みます。APVD周波数特性の補正は、その測定結果を反転してシステムの持つ特性とちょうど逆の特性を持つ補正カーブを作り出し、スピーカのAPVD周波数特性を完全にフラット、あるいは所定の周波数特性合わせます。その結果、スピーカから出てくる音が原音(ソースの音)に限りなく近くなり、その位置に生のボーカルや楽器があるのと等価の状態を作り出します。PRISMは音場補正は行いません。軸から外れて出た音は壁や床、天井、家具などに複雑に反射して耳に届く間接音になり、良い意味で、その部屋の特有の音を作ります。(参考2を参照)
PRISMの測定には、専用のソフトウエアPRISM Composerを載せたコンピュータを使います。そしてPRISMが算出した補正カーブを実際にイコライザとして動作させるには、DSPやSoCに内蔵された専用VIR (Variable Resolution Impulse Response) フィルタが使われます。イコライザの精度は、用途に応じて10から500セクションの間で選べます。PRISMによる測定は半自動化されていて簡単であるばかりでなく、測定者の主観が入らず、測定環境にも影響されないため、再現性のある信頼度の高い結果が得られます。
PRISMは、視聴位置で測定を行う音場補正の手法と異なり、高音が勝ち気味になったり、低音が不足したり、あるいは逆にブーミーになったりする事がありません。スイート・スポットやデッド・スポットが減少し、部屋のどこで聞いても高音質が保たれます。また、予め定められたターゲット・カーブを使わないため、測定する人の主観が入りません。PRISMでイコライズしたスピーカの音質は、明瞭度が高く、リアリステックで音楽性もあります。(APVDが完全フラットなシステムは、場合によっては音がブライトになり過ぎます。その様な場合は、ターゲットカーブを使って音質を整えます。)
逆にターゲット・カーブを積極的に使い、特殊な目的に要求される周波数レスポンスを実現する事も出来ます。目的の周波数特性がどんなに複雑であっても、PRISMはそれを簡単かつ確実に実現します。例えば、TVやラジオに難聴者用のモードを設け、補聴器を使わずに高音質を楽しんでもらう事が出来るのもPRISMの応用例の一つです。これをEilex PRISM HA Mode™と呼びます。
PRISMは工業デザイナーや機構設計者に大きな自由度を与えます。製品のスピーカの位置や音響的な条件が理想的でない場合でも、PRISMでイコライズする事により充分な高音質が得られます。音周りの開発期間の大幅な短縮と、失敗が確実に回避できる事は、デザイナーにとって大きな助けとなります。
PRISMは超低音のイコライジングにも大変有効です。従来のイコライザでは、測定そのものが困難な事と、精度が十分でないため不可能であったサブウーハ・レンジの調整が容易に行えます。PRISM を実現するVIRフィルタは、セクション数が小さくても補正点を必要な周波数帯域に集中させる事により、精密な調整が可能です。
更にVIRフィルタは、群遅延を補正するため、結果として位相特性が改善されます。(参考1を参照)
PRISMは、スピーカ・ケーブルやアンプ等、系に入る全ての要素を含めて周波数特性を補正します。
Eilex PRISM™ での音響パワー体積密度周波数特性の測定
Eilex PRISMTMを使うためには、まず対象となるスピーカの音響パワー体積密度APVD(Acoustic Power Volume Density)周波数特性の測定からはじめます。測定にはEilexが開発したソフトウエア“Eilex PRISM Composer” を載せたコンピュータと測定用標準マイク、マイク用アンプ(オーディオI/O)が必要です。
PRISM Composerのソフトウエアには広帯域 (0Hz-24KHz, 0Hz-48KHz) テスト信号が備わっています。これをオーディオ・システムに入力して、スピーカから再生される音を測定します。図1はその概念図です。測定は、スピーカ前面近傍の仮想面1を、テスト信号を再生しながら測定用マイクを左右に動かし上から下までゆっくりと移動します。次にスピーカから離れる方向に少し移動して、新しい仮想面2で同様な測定を行ないます。距離の異なる少なくとも3箇所の仮想面を測定すると、立体的な測定をした事になります。この数百点の測定は数分で完了します。
その結果を基にPRISM Composerのソフトウエアで、スピーカが持つAPVD周波数特性を計算します。図2と図3はそのプロセスの一部です。
図4の赤線は算出したAPVD周波数特性の例です。これをを反転した青線と同じ特性を持つフィルタを作り再生する音声信号を前もって逆補正すれば、スピーカシステムのAPVD周波数特性をほぼ完璧にフラットにすることが出来ます。
それを実現するには、Eilex PRISM 専用に開発されたVIR (Variable Resolution Impulse Response)フィルタを使います。具体的には、青線の特性を実現するVIRフィルタを数学的に合成し、そこで得られた係数をDSP やCPU等のプロセッサに組み込まれたVIRフィルタにロードして、リアル・タイムに計算を行います。
APVD周波数特性は、必ずしもフラットである必要は無く、図5の黄線のようなターゲットカーブを使う事も出来ます。補正用の青線はそれに応じて変化しています。因みに、予想されるスピーカのAPVD周波数特性は灰色線のようになります。(この例では黄線にほとんど重畳しています。)
実際の民生用機器では、DSP、CPU、MCU, ASIC、SoCのいずれかを使ってEilex PRISMを実現します。VIRフィルタのイコライジング精度は、10 – 500セクションのうちから用途に応じて最適なものを選びます。例えば、ハイエンド・オーディオであれば100セクション、TVなら20から30セクション、ポータブルやパーソナル・オーデイオであれば40セクション等です。
参考1
VIR フィルタ
フィルタは、アナログの時代からオーデイオ機器に使われる重要な要素です。デジタルオーデイオの初期には、IIR (Infinite Impulse Response)フィルタの様な、オーデイオ用としての性能は劣っても構成のシンプルなフィルタが使われました。
近年になってDSPやCPUの性能が向上し、オーデイオに適したFIR (Finite Impulse Response)フィルタが使われるようになりました。しかし、FIRフィルタはそれを周波数ドメインで見た場合リニアスケールで動作するため(対数スケールに対して)、そのタップ数が十分でないと低域で必要な精度が得られない大きな欠点があります。これは、経済的理由から、長いタップのフィルタが使えない民生音響機器にとって致命的な問題です。また、低域の精度を上げると高域の精度が過剰になってしまう無駄もあります。特に192KHzと言った高サンプリングレートのシステムでは、低域の精度を保つために長いタップのフィルタが必要になりますが、その追加されたタップは全て超音波帯域で無駄に使われ、音質改善には全く寄与しません。
この問題を補うためにWFIR (Warped FIR)フィルタが考案されました。WFIRフィルタは、周波数ドメインとタイムドメインでの計算をワープさせる事により、低域の精度を改善しようとするものです。しかし、WFIRフィルタはFIRに比べ、タップ当り約4倍の計算パワーが必要になります。その結果、同じハードウエアを使うとすると、トータルのタップ数が4分の1になってしまい、低域の精度を上げると逆に高域の精度が落ちてしまいます。
WFIR (低域用)とFIR(高域用)フィルタを組み合わせて使う事により全周波数帯域をカバーし、上述の問題を解決する事も出来ますが、システム(ハードウエアとフィルタ係数を作るソフトウエア)が複雑になります。
EilexのVIR (Variable resolution Impulse Response) フィルタは、これら全ての問題を一掃するものです。VIRフィルタは、飛躍的にフィルタ精度を上げる一方、必要な計算パワー(ハードウエア)を減らす事が出来ます。更にVIRフィルタは、全周波数帯域を均一な精度でカバー出来るだけでなく、必要に応じてある特定の周波数帯域に補正点を集中させて、その部分の精度を上げる事も出来ます。
VIRフィルタの精度は、用途に応じて10から500セクションの間で選ぶ事ができます。1セクションは4バンドのフィルタから成り、少ないセクションでも高精度のフィルタが構成できます。例えば、20セクションのVIRフィルタの精度は、80バンドのIIRフィルタに相当します。また、100Hz以下を見た場合、4KタップのFIRフィルタと同等の精度を持ちます。
VIRフィルタは、各セクションでの位相回転を抑え全帯域でミニマムフェーズの特性を持つため、トランジェントに優れ且つリンギングの無い、オーデイオに最も適した特性を持ちます。
参考2
音響パワー体積密度とは?
スピーカの音響パワーは、スピーカから出た音が、それを包囲するある特定の面を一秒間に通過する音のエネルギです。もう少し正確に言えば、それは指定された面に垂直な体積速度と音圧の同相分の積の時間平均値です。 スピーカから放たれる全音響パワーを得るには、スピーカの前面を囲み側面に届く半球面を想定し、その面上の音圧を綿密に測定します。その結果から、計算により全音響パワーを割り出します。
我々が自然界で聞く音には、全て音源があります。音源から放たれた音は、空気を媒体として夫々の方向に伝播して行きます。これは池に石を落とした時に見られる波紋の広がりに似ています。その波は実はエネルギを運んでいるのです。同じように音もエネルギとして伝播して行きます。そして、そのある瞬間の音響エネルギが音響パワーです。普通我々が聞く音は、周りから耳に届くいろいろな音の総合されたエネルギを、音圧に変換したものです。
音響パワーを電気に例えると分かり易いでしょう。音圧は電圧(V)、空気粒子の流れは電流(A)、音響パワーは電力(W)に相当します。『音圧X粒子の流れ=音響パワー』の関係は、『電圧X電流=電力』と同じです。さらに、『電力 X時間 =電力エネルギ 』の関係も、『音響パワーX時間=音響エネルギ』と同じになります。
音響パワーは、音原から出た音が、それを包囲するある特定の面を一秒間に通過する音のエネルギです。もう少し正確に言えば、それは指定された面に垂直な体積速度と音圧の同相分の積の時間平均値です。 スピーカから放たれる全音響パワーを得るには、スピーカを包括する球面上の音圧を綿密に測定し、その結果から計算により全音響パワーを割り出します。しかし、実際には、スピーカの後面に回り込む音は少ない事から、スピーカの前面を囲み側面に届く半球面を想定し、その面上の音圧を測定します。
音響パワー体積密度は、単に面上での測定ではなく、スピーカの前面を覆う特定の体積内の多数点での音圧測定から算出されるものです。後述のように、音の干渉による音の変化も測定に含めます。
音響パワー体積密度扱う必要性
ある音源から発せられた音は、周りに何も無い自由空間とか無響室の様な特殊な環境でない限り、直接音と間接音として耳に届きます。直接音は空気中を空気の音響特性に影響され、特定の周波数特性で減衰しながら進みます。関接音は空気の影響に加え、壁や天井、床、家具などで反射(吸収も含める)分散し、それらの材質によって周波数特性が変化し、音質が変わって来ます。直接音と間接音が耳に届く時には、それらが総合された音は、音源の音とは異なって来ます。音源がスピーカである場合にも、全く同じ事が言えます。部屋の間接音は、音にその部屋特有の味わいを加えます。事実どんなに優れたスピーカでも、無響室で聞く音は全く味気ないものです。それだけに、間接音は直接音と同じくらい重要となります。
理想のオーディオ・システムとは何であるのかを考えてみますと、それは基本的には(ソースに忠実な)原音再生と言って良いでしょう。原音再生を行うには音源が限りなく小さい点音原で、周波数特性がフラットで、指向性が無く、タイム・アライメントと位相が合った、理想的なスピーカシステムが必要です。しかし、そのようなスピーカは存在しません。どんなに優れたスピーカでも点音原には程遠い大きさを持ち、必ず周波数特性に凹凸があり、指向性を持ち、タイム・アライメントや位相特性にも問題が残ります。
スピーカが持つそれらの問題のうち、最も重要なものが音のエネルギの周波数特性です。原音再生を実現するには、スピーカから放たれる音のエネルギの周波数特性が、自然界と全く同じフラットである必要があります。そのためには、まずは音響パワー周波数特性を測定し、それをイコライズしなければなりません。それが、従来音響パワーの補正が重要視されてきた理由です。
ところがスピーカは点音原で無いため、単一あるいは複数のドライバから出た音が複雑に干渉し、強調しあったり打ち消し合ったりしながら広がって行きます。単純な音響パワーの補正はスピーカの前面を囲む一つの面上で行なわれるため、進んで行く音の変化を捉える事は出来ません。進んで行く音の変化を捉えるには、スピーカから離れていく複数の測定面で測定を行ないます。これは、結果的にスピーカの前面のある体積内の音響パワーを測定する事になり、音響パワー体積密度APVD(Acoustic Power Volume Density)となります。
スピーカは、夫々異なった音の放射パターンを持っています。しかもそのパターンは、スピーカからの距離と周波数によっても異なります。幸いその総合音響パワーは、音の放射パターンを含んだAPVDの測定結果と相似となります。APVDを周波数分析すると、APVD周波数特性が得られます。APVD周波数特性は、我々が実際に部屋で聴く音質を比較的正確に表します。
スピーカのAPVD周波数特性を望まれる特性になるように補正すると、その部屋で聴かれる再生音を、限りなく原音(ソースに含まれる音)に近づける事ができます。